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【hotroad gallery】の写真を提供者の方からいただき、私は「ホットロード」が実在する湘南各地に非常にリンクしていることを実感した。 そしてまた私の変な探究心が芽生えてしまった。 “じゃぁ、ナイツも実在する暴走族?” 私は不良でもなかったし、暴走族にも関わらない学生時代をすごしていたくせに、 このサイトを作って以来、本やネットで調べるうちに、 暴走族について詳しくなり、頭でっかちになっていた。 当時はクラス全員が「ホットロード」に夢中だったこともあり、 みんなノートの端に春山を描いたり、 漫画の扉絵を下敷きに挟んでいたりして、 私も、漫画を真似して描いたりしていた。 その当時のある思い出をたどり、思わぬ事がわかった。 中学生の時、絵の上手なクラスメイトがこの漫画に書かれたステッカーを元に、 ナイツのステッカーを手書きで非常に上手に描いて、 コピーした紙をラミネートシール加工して何枚かくれた、 そしてクラスのみんなが、学生カバンや筆箱に貼る、というちょっとしたブームが起きていた。 そんなある日の放課後、私は友達の家に遊びに行った。 するとその子の兄が、私の学生カバンに貼られたステッカーを見て 「それ、どこ?(どこのチーム?)」と聞いてきた。 「うちのをパクってる」みたいな事を言っていた。 それを思い出した。 彼女の兄がどこの暴走族に所属しているのかは覚えていない。 たぶん、私は「ホットロード」には憧れていたものの、実在の暴走族には興味がなかった (正確に言うと、興味はあっても身近な存在じゃなかった)から、 当時、言われていても覚えていなかったのかもしれない。 その友達とは、年賀状メール程度だけど今でもつながっていたので、彼女にメールで連絡をとってみた。 「おにいちゃん、どこの暴走族だっけ?」 そこで、帰ってきた答えがこうだ。 当時全国区で有名だった暴走族・BLACK EMPEROR(ブラックエンペラー)の事だった。 そういえば東京に住んでいた頃、街中のあちこちの壁にこの暴走族のスプレー文字を見かけた。 私の友達は真面目な子だったが、そのお兄ちゃんがこの暴走族に入っていた。 正確に言えば、その族に入っていた先輩に憧れ、使いっぱしリ役?みたいな事をしていたそうだ。 友達が「エンペラーだよ」と返事をくれたその日に、私は彼女に「お兄ちゃん、まだエンペラーのステッカーとか持ってる?」と再度メールを送った。 そして実家に住む彼女は、兄の使っていた家具に貼られたそのステッカーを写真に撮って送ってくれたのだ。 ![]() これを見てピン!ときた人はかなりの「ホットロード」通だ。 中学時代、その友達の兄が「うちのパクリじゃん」といったあの言葉―――。 このステッカーを本当に”ナイツ”はパクってるのだろうか。 私は写真メールを友達から貰って、すぐに「ホットロード」から探した。 そして見つけたページがこれである。 ナイツの総長が代々譲り受けてきたバイク・CB400FRに貼られたステッカー。 おそらく中学生の頃、クラスの子が描いたのはこのステッカーだったと思う。 黒地にチームロゴ、真ん中に ![]() これはブラックエンペラー特有のデザインだ。 しかも注目すべきは、 ![]() 通常の卍(まんじ)マークはカギ”∟”が半時計回りに付いている。 だがブラックエンペラーは、時計回りにカギ” ![]() ![]() これは暴走族名から彷彿させる”ナチスドイツ軍”のマークでもある。 この逆まんじマークも、紡木さんは同じように描いていた。 コラム【8.ホットロードは暴走族のバイブル?】の冒頭に書いた、 湘南VS東京の暴走族の湘南大抗争事件、通称”七里ヶ浜抗争”。 ブラックエンペラーの相模原支部が大きく関わっているらしい。 ブラックエンペラーが湘南地域に支部を持っていたかは調べる事が出来なかったが、 こうして湘南に関わっていたのは事実であった。 もう一つ興味深い事がある。 このブラックエンペラーを筆頭に数々の暴走族が所属する団体・"関東連合"。 そして、その関東連合の二大勢力といわれているのが、ブラックエンペラーともう一つ。 そのチーム名こそ「MAD SPECIAL(マッドスペシャル)」であった。 そう、ナイツのフルネームは「MAD SPECIAL THE NIGHTS」である。 「ホットロード」には、暴走族を熟知してこその内容が非常に多く盛り込まれている。 もちろん、想像だけでは描けない世界だろうし、知らないなりに私にもリアルに伝わって来る。 紡木さんが取材という形で得た”暴走族”なら、あんな作品には仕上がらないはずだし、 おのずと「紡木さんって元、族?」と思った事もあった。 きっと紡木さんにとって暴走族とは、何らかの形で近い存在だったに違いない。 そしてそれは”関東連合”だったのかもしれない。 そこで1つ思い出したことがある。 以前、”ダウンタウンDX”というバラエティ番組を見ていた時のことだ。 彫りの深い顔立ちで、弁護士やマネージャー、御曹司などの 寡黙で真面目な脇役が印象的な俳優の宇梶剛士さん。 ![]() 過去の写真や経歴などを暴露するこのバラエティ番組の中で、宇梶さんは、 自ら過去にブラックエンペラーの総長であったことを暴露していた。 当時は2千人を従えるブラックエンペラー、その総長であると知り、私の中で宇梶さんへ印象はその時から変わってしまった。 なんでも、当時の宇梶さんは有名で、地元でも一目おかれている存在であり、 ある日、仲間にはぐれて別の暴走族の集会に行ってしまった宇梶さんを、 その暴走族はケンカを仕掛けるどころか逆に”あの宇梶さんが来てくれた”と大歓迎にあったそうだ。 宇梶さんのオフィシャルサイトを見たところ”暴走族”という文字は見当たらないものの、 小学6年の時に複数の中学生を相手に暴力を振るい、 以降も暴力事件で逮捕・収監・退学、施設送りという過去を赤裸々に語っている。 (しかも若かりし頃の写真、かっこいい。) 経歴によると1978年宇梶さん17歳の時が不良のピークだと思われ、 その頃にブラックエンペラーの総長になったのだろう。 ホットロードが連載をスタートしたのは1986年の1月だから、約8年前。 春山やトオルが活動していたずっと昔だ。 ホットロード第一巻、149ページにこう書いてある。 この時 ”MAD SPECIAL THE NIGHTS”の数は 本部支部あわせて だいたい500人っていわれてた 昔は これの4倍以上は軽くいたらしい 500人の4倍―――――――。 宇梶さんが番組で”当時2000人いた”と言っていたのが事実であれば、数が一致する。 ただし、ブラックエンペラーの本部は横浜ではない。 だがしかし、全国に幅を利かす暴走族で、”横浜”を本部にしている暴走族は調べた所、なかった。 (横浜ではないが、同じ神奈川県では川崎市を本拠地とする”アーリー・キャッツ”という暴走族が大所帯であったが、 黄色地に猫のマークのチームロゴがあきらかにナイツとは違い、また、支部を”支部”と呼称していなかった。) ますますナイツは実在するブラックエンペラーではないか、と思ってしまう。 1巻150ページで、絵里が言う。 ねーでも今の族はダメだってぇ 命はってる子もほとんどいなくなったし 自分の族(チーム)の名前守って走ってるとこなんか少ないって お姉ちゃん いってたよ ごく最近、「さんま御殿」に出演した宇梶さんが、 かなり大勢を相手に一人勝ちした武勇伝を語っていたらしい。 (先頭の数人を殴り倒した所、数百人が逃げたと言われている。) しかもその場所が湘南なのだ。 漠統15人を相手に、たった一人で挑んだハルヤマを彷彿とさせる。 宇梶さんの時代の暴走族は命はっていたのだろうか。 歴代の総長のみが乗れる、シンボルの ![]() トオルや春山が乗り回したそのCB400Fの車体には 宇梶さんのつけた傷があるのかもしれない。 <<column-index | Next Column(12)>>
内容について事実確認を行ったものではありませんのでご了承ください。 |